完璧な感動:オーケストラを見にいこう

ベートヴェン『第九』特別演奏会 by 東京フィルハーモニー交響楽団 場所:東京オペラシティ Dec/21, 2012 大植英治指揮

ベートヴェン『第九』特別演奏会(大植英治指揮、東京フィルハーモニー交響楽団)

心の底、むしろ全身から感動。

どこかの映画のパンフレットみたいだけど、感動に震えた。

 

12月21日(金)に、ご招待を受けて、東京フィルハーモニー交響楽団の第九のコンサートに行ってきた。

いくつか、小規模な音楽会、には行ったことがあるが、本格的なオーケストラの本格的な交響曲の演奏を聞くのはもう何年ぶりだかもう思い出せない。

 

場所は東京オペラシティコンサートホール

行ったことがある人からすればそんなことは何を今更、かもしれないが、アプローチからして素晴らしい。あの長い階段から既に演出が始まっている。そこを昇る他の方たちも、一緒にこれからコンサートを見るんだな、という微妙な一体感を味わいながらそこを昇る。横にエスカレーターもあるけれど、やっぱり、大きな空間に広がる階段を踏みしめながらアプローチするのが、オペラシティを設計した建築家の心意気が楽しめるのではないかと勝手に思う。

 

いや、絶対に階段を昇るべき。

建築家は故人で、名は、武満徹、というらしい。

 

ゲートをくぐり、レセプションエリアを入ると左手にホールがある。

何気なくホールの扉を抜けると、圧倒的な空間。これも、文字にしたくないぐらいだが、圧倒的。

 

オペラシティの公式サイトの写真が伝わりきらない気がするけど、仕方ないので載せておく。実際はこれの何倍もいい。何がいいって、床を踏んだときの感触が何とも言えずいい。そんなの写真で表現できるわけがないか。だから、行くしかない。

東京オペラシティコンサートホール タケミツメモリアル

東京オペラシティコンサートホール タケミツメモリアル

ちなみにホール内は撮影禁止。撮影すると怒られますので注意。僕は見事に怒られた。。

 

有り難いことに招待券で凄く良い席に行かせて頂いたせいか、席に座ると、座席の周りの方はみな、何かしら成功したような人達ばかりで、「社長、うちの社員の人間が今回の衆院選で当選しまして」なんて話しが飛び交っていた。

 

客席の少し照明が暗くなると、オーケストラの方が入場してきて、続いて指揮者の大植さんが入場してくると、意外にすぐに演奏が始まる。曲目はモーツァルトから始まり、後半が第九。

 

演奏が始まってからしばらく、まずは物珍しさに目を凝らしてステージを見ていた。そのうち、視覚にとらわれているいるような気がした僕は、生意気にも耳だけで聞いてみけばもっと音を感じられるんじゃないか、と思って目を閉じてみた。

意外に気持ちに響かない。

 

目を開けてみると、バイオリンやコントラバスの弓の、旋律に沿った激しい動き。それぞれに演奏している方ひとりひとりの表情にある緊張感、特に自分のパートを弾き始める前の構えに入るときの緊張感。意味不明な高速な指の動き。そしてその全体のオーラを引き出している指揮者の全身の筋肉の躍動。こういうのが全部飛び込んでくる。

そういうこと、全体のその演奏の人間臭さも含めた上で完璧を求めていって、いまそこでステージの上でその最高レベルの結晶をただその表現することを目的に表現しようとして全員がそれに没頭している、そういう姿を見ていると、どうして人間は、ただ単に生きるということだけでなくこういうものを生み出したり理想を追究することに時間を費やしてきたんだろう、ベートーヴェンがこの曲を作ったときどういう気持ちで1つ1つの音符を譜面に書いていたんだろう、それを初めて演奏したときはどうやって楽団が組織され、初めてその譜面に向き合った人達は耳の聞こえないベートーヴェンの楽譜をどう読み込んで演奏にしたんだろう、そもそも長い歴史を経て色々な楽器やオーケストラが演奏されるような環境がヨーロッパで生まれて、それが長い年月を経て日本に渡ってきて、沢山の人がそこに未だに情熱を燃やしていて、いまこうやって僕らがその演奏を聞いてまた感動させられていて、とか、いろいろな思いを引き起こされる。

 

こっちも目、耳、皮膚に来る波動、こういうものを全部総動員して聞くから聞くのも結構疲れる。正直言うと、5分ぐらい音楽に没頭して、ふと疲れて、「あと何分で終わるんだろ?」って思ったりもするw。音楽に没入して、オーケストラで癒される、なんて話しがあるけれど、あれはウソじゃないの?と思う。あれは、音を表現してるというより音でストーリーを表現しようとしている尋常じゃない人の緊張パワーの塊が押し寄せてくるのだから、聞いてるこっちも緊張する。第九なんて70分もある。70分間、スパルタ教師の授業受けてるのと一緒。ゆっくりゆったりしてなんかいられない。だから、楽章と楽章の間に、沢山の人の咳払いが聞こえる。あれは、みなが緊張した後の緊張のほぐしに違いない。楽章の間の間がなかったら、みな、ヘトヘトなはず。

そうこうしている間に、ラストのクライマックスへ。

 

最後は、剽軽な大坂のおじさん、みたいに思った、指揮者の大植英次さんの小柄な体が爆発するように激しく動き、それはまるで最後に大玉の花火がドカン!と打ち上がったような感じで、それに即応で会場側からも新年明けの爆竹のように拍手が湧き起こり、鳴り止まなかった。そこにいた全ての人の心がつながった瞬間だった。

指揮者は、いったんステージにあがったら、あれは指揮しているのではなくて、自分のパートの音でしか表現できない演奏者1人1人の気持ちを、体全身で代弁してあげることで応えてあげるというのが最後の役割なような気がした。大植さん、最高。

 

完璧な感動。

 

日本は感性の国だから、オーケストラはこれからも世界水準だろう。また行こうと思う。

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