事業というのは、何かを実現するための手段だという考え方も出来ますが、僕は事業をやるというのは手段であると同時に、限りなく目的そのものだと考えています。
何か社会に対する価値のあるものを達成するという目的があってそれがそのままビジネスになったものが最高の事業であり、だからこそそれに対しては他の何かを犠牲にするだけの愛を注げるし、どれだけやっていても飽きるという事がなく、アイデアはとめどなく湧いてくる。
例えば、子どもを育てるという行為は、何かそれによってリターンを得るという手段ではなく、子どもを育てることそのものが目的ですが、それと同じことだと思います。だからこそ、育児というのは、人にとって最高の事業なんでしょう。その結果、親が何かを得るのではなく、子が社会の中で小さくてもいいから1つの役割を果たし、愛される存在になる。それが一番の結果だと思います。
だとすれば、事業も同じで、事業の規模を問わず、しっかりと社会の中でそれが1つの役割を果たし、関係者から愛される存在になることが、事業をやる上で一番のリターンなのだと思います。
とはいえ、事業にもいろいろな起源があったり、やむを得ずやっているというようなものも沢山ありますが、我が子が不良であってもいずれそれなりの大人になってくれるように育てるという方針があればいずれしっかりとした大人になってくれるように、例え事業の現状が目を覆うようなものであったとしても、絶対にそれを変えて、素晴らしいものにしていくということに対する信念と自信があれば、現状は全く問題ではないはずです。
そして、そういう信念と自信をまず事業責任者が持っており、かつそれをチームみなの信念に変えていく中で、事業自体がみなの目的へと変化させていくことが、責任者の大きな役割。
そういう意味で、ふと共通項についての整理ができたので、事業の現状というものに全く関係なく、事業組織が落ち着いているべき内面の状態について自分が大事だと思うことを記載しておこうと思う。
・事業の役割が何であるかについて確信があり、それが、何かにとってのより良い何か、につながっていることについて確信がある
・事業がいずれその役割を果たすための十分な活動を行っており、いずれ役割を果たす日がくるであろうことに対して確信がある
・どんなに競合がいても、自分たちが常に顧客や社会に対して最高の存在であるための努力を続けており、最高であり続けることに対して確信がある
・その事業の役割に対して携わっている日々が誇りである
自分も過去には、いくつかの事業を担当する中で、自分自身は確信を持っていても、なかなかそれをチーム全体の確信に変えることが出来ない、という失敗を経験した。伝えるべきものを適切に伝えるということにおいて、未熟な失敗を数多く犯した。当たり前だと思っていた信頼が崩れ、愛が届かず、心の軸が折れそうになったこともある。いや、折れていたかもしれない。責任者の確信は漠然とした大局観に基づくものであることも多いと思うので、ここのギャップを埋められるかどうかは、ある意味、他の何よりも責任者のスキルそのものと言える。
とはいえ、全ての1つ1つの事業に対して、まずは責任者自身がこの確信を持てるかどうか。それはやはり非常に大事なことだと、失敗から少し時間を経た今、あらためて思う。コミュニケーション力やマネジメント力というのは、その場をうまく治めていくための気合いや調整力とか、信頼を軸に本当の課題を暗黙に先送りすることを受け止めさせてしまうようなスキルではなく、その根底にあるのは事業の将来性、それが果たす役割に対する確信であって、それを素直に表現できていれば、賛同してくれる人も必ず現れる。何よりも、それがあってこそ、1つの方向に向かって黙々と改善と時にはジャンプを重ね、地位を築いていく事業ができあがる。やはり、それが無くては何も進まない。少なくとも自分はそういう人間のよう。
迷わず、「信道」の精神で。